カイロプラクターの日々

卒業したので改題

今年一年

四年間の学生生活を終え、カイロプラクターとして新たな人生の一歩をふみだし、あにはからずや親となり。めまぐるしい毎日のなか、あっという間の一年だった。

サラリーマンだったらもう管理職で部下を育てあげ、子供もそこそこ育てあげていたろうこの年で、カケダシのツカイッパシリをしている自分がなんとも、しょうがないなという思いだ。

 

そしてそんなものに、いまだ寄り添ってくれる嫁や誕生してくれた(?)息子に、今は感謝しかない。

 

幸いなことに、子供のころから、漠然とした怖れを感じて生きてきたが、最近はそういったものを感じることがなくなってきたように思う。

自信ができたとか、ひらきなおった、あきらめた、とかではない。

 

単純に良くも悪くも自分という人間のできなさ加減と、それでもわずかにできることをこの人生において増やせた、そしてまだ増やせるという感覚を、身体に刻むことができたからだと思う。

 

多分、のほほんと会社員をやっていたままだったら、いろんなことから逃げ回ったすえに震える子どものままで、さらにあと何十年も震えてすごすという事実に心を病んでいたのではないだろうか。

それを考えれば、まあ経済的な安定など皆無だが、心は強くなった分、人生をまだ楽しめるという希望が持てているから、(家族的にはどうかと思うけど)自分は幸せだ。

 

また仕事ってなんだろうという疑問もやっと自分なりの答えがだせたというのも大きい。

 

ひとことにすると「相反する価値の両立」というもの。

 

利益は大切だけど倫理も大事、今も大事だけど未来も大事、同僚は他人だけど仲間、顧客は単なる利益の源泉だけど一人の人間。複雑な状況の中でバカみたいにひとつを選択するのではなく、バカみたいにバランスをとり続けることは、そのときその場、その立場にいる人間にしかできない、つまり自分という人間にしかできない仕事なのだと。

 

そう考えると、俺じゃなくてもいい、俺じゃないほうがいいなんてことはなくて、それを考えて実行するのが俺なんだと、確信できた。

自分のかわりなんていくらでもいるけど、いままさにここにいるのが自分だということであれば、その瞬間自分の代わりなんていない。

なにやらまわりくどいけど、でもシンプルに勇気をくれる確信であった。

 

まとまらないが、おじさんはまだ前向きだということです

 

You need me, I don't need you


Ed Sheeran - You Need Me, I Don't Need You